「〜大坂選手のいなくなった全仏〜」(_ _)
棄権しちゃったのネ(悲)
朝一番にいきなり入ってきた大坂なおみ選手棄権というニュース。
ツイッターでの発信にもしかしたら、とは思っていたから特段の驚きは無いが残念見れないのか、っていう思いは強いかな〜。
一回戦を勝って直後のインタビューで一戦毎に強くなっていきます、って言葉に期待してたから も一回言うが残念って言葉しか出てこない。
昨日辺りはワイドショーとかで大坂選手の記者会見拒否を結構取り上げてて、何とはなく見てたけど どこか違和感を持つ私。
コメンテーターの方々の大方な意見は、大坂選手の提言はわかるがプロスポーツとしての記者会見はその大会の一部であり なんちゃらかんちゃらうんちゃらかんちゃら。
で 棄権と共にツイートされた鬱のカミングアウト。変わっちゃった潮目。そうかそうなら仕方ないかも感満載?擁護論に変わっている?
違うんじゃネ〜の?
鬱状態なら、は関係なくない?
やらなきゃいけない、プロ選手なら が貴方達のロジック。
だから高額な賞金を受け取れる、だったはず。
それが鬱、という明解な理由が出たから変わるの? であるなら一歩手前であればそのロジックは変わらなかったはず。
となると 見えてないんじゃないの、その本質が?になる。
そんだけのもんなのか? その制作サイドの信念なんてのは?だし そのロジックの構成は? だよね。
まぁわからなくは無いけど。
これがワイドショーの本質、なのね は 改めてよくわかった。
大坂選手だから言える、発信できたことでしょ。
疑問を感じてたから発信したことでしょ? 彼女の想いのままに。
プロスポーツだから、そのスポンサーに対して とか大会に関して慮って、なんてのは既成概念そのもの。
なら どんなにキツくても受けなきゃいけないのか、心を削ってまでも、が大坂選手の提言。
アスリートのトップ選手だから強くなきゃいけないし 強いはず、なんてのは幻想。人、なんだから。 が わかんない人達。そしてその呪縛の中にいる人達。
変えようとする誰かがいて、それに気づく人(達)がいなきゃいけない。
それは一般社会にも存在する。
それが普通であり、当たり前 という呪縛。受け入れなきゃ、の呪縛。
真面目な人ほどかかりやすい。
今朝一つ投稿したが 基本的な部分は同一線上で語られるべきことなんじゃない? と私は思う。
誰かがメンタルを傷つけられながら強要される世界。これを普通って言葉で語られるのは違和感でしかない。
そんな普通は壊す「べき」なんじゃない?
と 状況が変わったから、で主張の本質を変えちゃうワイドショーなんてのも笑っちゃう、悪いが。
いらねーでしょそんな掌返し。
棄権しちゃったから私にとっての全仏オープンは終わった。終了〜。
あっニシコリ選手がいたわ、ごめんなさい m(_ _)m
全仏オープン女子は終わった、こっちか(笑)
離れちゃうのかな 大坂選手。テニス界から。
また戻ってきてくださいね、そう願ってます。
貴方のプレイしてる姿がまた見たい ただ それだけ。
語って欲しい そのプレイで・・・
また ^^
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