「文春砲ならぬバッハ砲 いや〜ダメージあるわ」^_^;
息を吐くように逆撫する発信を繰り返すIOCのお偉いさん達。
ナメてるの日本国民を、っていうのを感じずにはいられない。
直近の言動なら「犠牲を払って・・・」でも、って。
日本国民を「指した」ものではない、ということだが「含んで」るのは間違いないんじゃない、という印象を持つ私。
私だけじゃなく そう捉える方も多いと思う。
要約するなら(意訳かも知れないが) 世界的なスポーツイベントをやる、のは当たり前のことであってその責任を「何があっても、どんな状況下でも」果たす義務がある、ウンウン そうでしょ皆さん こんな感じ?
対して開催地の思惑を言うなら 開催ありき。ここ。
半端ない税金を延期も相まってジャブジャブに既に突っ込んできている現実がここにある。いくら、は出さない。ってことだが出せない、がホンネ?
今 辞めたら 補償金が無いとしても半端ない金額が表に出ちゃう。
ヤラなかったのに掛かった金額として。
これはまずいよね、きっと。なら やる?やっぱ?
来日するアスリート、関係者をバブル方式で なんて話しだから益々膨らむ運営費。まさかこのご時世で選手の相部屋なんてのも許されないだろうから、とかマラソンは北海道だから選手、関係者はチャーター機?だろうし コロナ禍の中の安全、安心な大会開催、運営なんて考えたらいくら加算されるか、なんてちょっと考えるだけで背筋が凍っちゃう。
に、してもヤッた後に出てくる金額、である。
ヤッた、としたら そこはスポーツの持つ力 感動はある、そこは当然。
今 低くなってる支持率も上がるかも知れないし となると秋にはやんなきゃいけない衆議院議員総選挙も勝っちゃうかもね、ウンウン そうでしょ皆さん かどうかは知らないが こんな感じ? ^^
板挟みになるのはJOC? 日本オリンピック委員会。
フォローしてくんなきゃいけない上部組織のお偉いさん方からは訳のわからない発信の連打。乱れ打ち?状態。
その発信はより「開催地」である日本国民から五輪を遠ざけていく。
そりゃそうやん、「犠牲を払ってまで」やる意義は語られないし、語れるはずもない。
見えたのは 崇高な理念を持つオリパラの裏側 所詮金儲けなのね、であり トップとして何なの、それは? かな。
透けて見えちゃったその国際的イベントは輝きを失わざるを得ない。
スポーツの力をお金に代えて は違うんじゃない? 必要なのは理解するけど、な私。
スポーツの根幹は 礼と敬意。
リスペクトしなきゃいけないのは対戦相手だけじゃぁない。
人として他人を思いやる、他人をリスペクトする。平等に、である。
先ずトップがやらなきゃ。範を示さなきゃ。が普通。
何処に向かって進むんだろうな 東京五輪は? やるんだろうけど。
その為に取られるシフト。
もはや日常になった緊急事態。 延長は既定路線。
急ぐワクチン接種。駆り出される医療従事者、その絵柄はまさに学徒動員、戦時中なのか?
すべては開催ありき、に向かう「為に」なんだろう。
よくわからない私だが まぁそういうことなんだろう。
っていうここで書いた「なんだろう」が示すものは 明確なものがあるわけではない、である。
なんだかな〜 は否めない ・・・じゃない?
また ^^
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